自然のカタチ・生きるカタチ
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日本人はやはり米をつくらねば、もともと湿地のような土地、お米をつくるのには適しています。秋から冬にかけての野菜づくりに稲ワラがほしいので、もしお米があまり取れなくても、ワラはとれるということで、田越しをしました。

ただ、びっしりはびこったシバ草を退治して、荒越しするのは至難の業でした。
代かきをしようとしても、田んぼのような泥の感触はありません。ただの水溜りのような場所です。
近年、徳島は早場米地帯となり、5月の連休には田植えが終わっているという状態ですが、本来は田植えをするのは梅雨に入ってから、田んぼに十分に水が張られてからなので、6月の末の今頃がちょうどいいころあいなのでしょう。

市民農園には、ご近所の道路や公園などから出た剪定木と草が大量に運ばれてきています。地元で出たものを、うまく利用する。ゴミとして燃やしてしたものを資源として利用する。肥料として土に返すことを実験するのがこの生ゴミNO園の魂。人の背丈ほどに積み上げた剪定木と刈草に米ぬかをふりかけて、シートで覆うこと2週間。人の背丈ほどあった山はみるみる沈み、いい具合に草堆肥になってしました。まだまだ未熟なものですが、これを使って土がむき出しになっているところを覆っていきます。
ヒマワリが咲き始めました。背の高さが不ぞろいです。土壌の状態が均一でないのでしょう。個性的で良いと思います。
豆科の牧草の種を播いたところも、均一ではありませんが、ばらばらに芽が出はじめました。空気中の窒素を固定する根瘤菌の力で、どれだけ土が肥えるか、冬野菜で実験するための仕込み作業です。
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水がたまりやすいところをあえて掘り下げてビオトープにしていたところ。
無数のミジンコが乱舞していました。ユスリカの幼虫も赤くて大きいのがいました。そしてアメリカザリガニの子どももたくさんいました。そして赤とんぼらしきヤゴも発見。
用水路は新池川につながっていますが、生活排水によって汚れ、三面張りで浄化能力もなく、メタンガスと硫化水素が沸いている死の世界。アメリカザリガニは用水路から来たかもしれませんが、ヤゴも用水から入ってきたのでしょうか?それとも湿地のような元田んぼの土地のじゅくじゅくしている水溜りでひっそりと生きていたのでしょうか?

枝豆は根切り虫にすべて食べられてしまいました。お盆にはビールに枝豆の夢ははかなくも数週間で消えてしまいました。その後、ペットボトル温室による二十日大根を育てています。これは根切り虫対策にもなるかもしれません。
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水がないはずの市民農園、もう枯れてしまっているといわえていた農業用水のパイプから水が出ているのを発見。
上流の田んぼを営んでいる農家さんが田んぼに水を入れるために、バルブを全開にすると、圧力が上がって、水が出るようなのである。この水を導いて、市民農園でも、田んぼを営むことに。
それで、水路を掘っていたところ、ゴム虫に混じってミイデラゴム虫が見つかった。
きれいな黄色のゴム虫です。しかし、黄色は危険を意味します。
このゴム虫。へっぴり虫の中で最強の屁をひる。キングofへっぴり虫なのです。
だから手のひらに乗せることは大変危険です。真似をしてはいけません。
文献によると、その屁は100℃以上の高温で、ベンゾキノンという成分で、タンパク質と激しく化学反応を起こす物質。もし屁をひられたら、手のひらには赤茶色のシミができ、悪臭を放つそうです。連続発射もでき、射程は体の4倍、発射方向も自在に変えられるとのこと。カエルがこの虫を口にほおばり、呑む込もうとするなら、カエルは口に中に火傷を負い、死んでしまうかもしれません。
名前の由来は滋賀の三井寺にちなんでいるとか、三井寺には『放屁合戦』が所蔵されているから、それに由来しているとのこと。へっぴり虫そのものは、江戸時代の噂話を集めた『耳嚢』に載っている。『耳嚢』には、背中に白い星がついていると記載されている。板や畳に押し当てると、背中の白い星の数だけ屁をひり、白い粉を出すという。
このミイデラゴミムシの幼虫はオケラの卵のみを食べるという偏食が知られている。この虫がいるということは、オケラがいることを示している。
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ひまわりは1週間で双葉の状態から本葉3まいに大きくなりました
。
撫養駅南、鳴門生ゴミNO園は、昨日も激しい春の雨でしたが、排水路がうまく機能しているみたいです。
棒杭山の頂上には、何やら棒杭が立っているのが下から見えるのです。
エビス神社の裏から登れるときって登ってみることに・・・

ところがエビス神社の裏には道がない。下草の少ない山なので登れなくはないが、角度が厳しすぎるし、足もとの石は崩れやすい。途中まで這い上がりましたが、残念することに・・・
一度下まで降りて、ルート変更。緑色の落石防止板と山の間を隙間を西へ、少し行くと、沢があり、石の橋がかかっている。道になっているみたいです。
もう少し西へ行くと、石柱が一本あって、そこから東へ向かって登っていく道がありました。竹林の歩きやすい山道を行くと、すこぶる人工的な遊歩道に出た。遊歩道を登っていくと四角い公園がありました。
アズマ屋が立っている。ツツジが咲いている。眉山がきれいに見える。
しかしそこに棒杭はない。もっと上に登る。
山の頂上まで登った、はたして棒杭山の棒杭は、国旗掲揚台だった。
頂上からの眺め。東には妙見山とその先のイワシ山、その先には沼島が見える。この山は諏訪湖から阿蘇へ続く、日本をつくった大断層である中央構造線がつくった山であることがよくわかる。南には吉野川のデルタ地帯。眉山、日の峯、中津峯、和田島岬、蒲生田岬、淡島、伊島が見える。

棒杭山の棒杭は船の目印だったのだろうか。
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雨は止む見込みだったので、とこちゃんKUに集合して、農園のレイアウトの検討会を行いました。雨も止んだので、農園へ。

水たまりには、ウシガエルが寝ていました。まだ、少し活動するには気温が低いのかもしれない。カメたちも、枯れ枝につかまって寝ていました。春の嵐に、ちょっとお疲れなのでしょうか?

里芋は植えるところが、また決まっていないが、コンテナの中にいつまでも入れておいたら乾燥してしまうので、仮植えすることになった。

コンポストの中の生ゴミ堆肥の匂いは良くなっていました。これを網テントの脇に筋に入れました。少し離した所に、絹サヤの種を蒔きました。
中央に配したパレットの上はミーティングをするのにちょうどいい。
セグロセキレイがやってきて、周囲をちょろちょろしていました。
春の嵐が日本列島を足早に駆け抜けていきました。大雨が来ると水のたまり具合、水の流れ方がよくわかります。

盛土をしたところには、水たまりはあまりありませんでした。やはり高くしてよかったのではないでしょうか?盛土の法面の下にぐるっと堀をほって排水路をつくりました。用水路からの水の取り入れ口から、逆に排水するように水を導くことにしました。
「排水路を掘る時は排水元から掘るといい」と馬居さん。はじめは元気があって、深く掘れるけど、だんだん体力が切れて浅くなっていくからとのこと。道理だと思いました。
田んぼの土は20センチの深さまで雑草の根がぎっしり張っていて、スコップで土をすくい取ることはできず、ブロックに切って、重たいので手でのけていくと能率がよかったです。
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コンポストの中に入れた生ごみのボカシ和えと米ぬかボカシ。春の嵐、激しい雨に降られてしまい。水分が多くなりすぎて、発酵ではなく、すこし腐敗の方へ行ってしまった。もう一度、切り返して土と空気と混ぜ合わせて、もう少し寝かせることになりました。
米ぬかボカシを入れて、ブルーシートを掛けておいたところの土は、深さ10センチまでやわらかくボコボコになっていました。こちらの方はすぐにでも種をまけそうです。



生ゴミNO園の区画整備。もらってきたプラステックコンテナを中心に置き、パラソルが立てれるように塩ビのパイプを立てました。やはりもらってきたナル木を埋めて区画整備をしました。北側の通路の上に鉄パイプを組んで、海苔の網をかけて、キュウリ・ゴーヤなどをつくる棚をつくりました。

蛭子神社の裏の棒杭山は春の若葉色になって、美しく輝いていました。畑の脇の祠のヤナギの木も新芽が美しく芽吹いていました。
畑のよこの、今はドブ川となってしまったかつての用水路にはたくさんのカメがいることがわかりました。うららかな春の日、コンクリートの岸に登って、甲羅干しをしていました。
ひまわりは芽が出ました。土の中の水分と雨水だけで、とくに水やりをしていませんが、元気よく育っています。次回、水をためるカメか貯水槽を用意したいと思います。
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