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2016年2月23日 (火)

渦の道・うずひこ

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大鳴門橋は、1976年(昭和51年)7月2日に起工式が行われ,1985年(昭和60年)6月8日に開通。徳島側は大毛島孫崎、淡路島側は門崎。

橋長は1,629m、中央径間は876m、幅は25m、主塔の高さは144.3m。

建設当初は瀬戸大橋と同じく、鉄道を通す予定であったが、後からできた明石大橋は、吊り橋で、かつ中央部が長すぎて、鉄道車両の重さに耐えられないため、鉄道を通すことができないので、鉄道との併用は難しいということになった。

鳴門の渦は世界一の大きさである。瀬戸内海と紀伊水道では満潮と干潮の間に時差があり、瀬戸内海と紀伊水道の海面の高さの差は最大で50㎝もなる。つまり鳴門の渦は滝のようなものなのである。

初代天皇の神武天皇が東征したとき速吸門で珍彦(うずひこ)と出会うこととなる。珍彦は神武天皇の水先案内人を務め、大和までつれていくこととなる。

『日本書紀』では天皇が勅で椎の棹を授けて、名を珍彦から椎根津彦(しいねつひこ)に改名した。珍彦は倭国造(倭直部)の祖であるという。

『古事記』では亀の甲羅の上に乗っていたのを、棹をさし渡し御船に引き入れて槁根津彦(さおねつひこ)の名を賜った。

その後、神武天皇に献策し、兄磯城を挟み撃ちにより破る。

椎根津彦命は兵庫県神戸市東灘区本山町の保久良神社に祀られている。「保久良神社由緒書」によると「社名の起因も、椎根津彦命の子孫たる倉人水守等が祖先を祭祀し奉る、三韓役の戦利武器を収蔵するより」とある。神武東征の時に速吸之門に現れて軍勢を先導したとある。椎根津彦命は保久良神社の南に位置する神戸市東灘区の青木(おうぎ)の浜に青亀(おうぎ)の背にのってこの浜に漂着したという伝承があり、それが青木(おうぎ)の地名の由来となった。

京都の天橋立のところにある籠神社に伝わる国宝の系図=海部氏系図の3代目倭宿禰命が椎根津彦命であり珍彦であるという。

【初代親】饒速日命→【子】天香語山命→【孫】天村雲命→【3世孫】倭宿禰命→【4世孫】天登目命→【5世孫】建登米命→【6世孫】宇那比姫命

籠神社に伝わる海部氏勘注系図によると

【初代親】始祖彦火明命→【子】彦火火出見命→【孫】建位起命→【3世孫】宇豆彦命

珍彦は海部氏と関係がある海の民である。

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