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2016年1月14日 (木)

とくしまをいただきます!厚焼き玉子の梅肉ソース

厚焼き玉子
卵4個・ダシ汁(大さじ4)・砂糖(大さじ2)・醤油(小さじ2)

梅肉ソース
梅干し8個・みりん(大さじ1)・ダシ汁(大さじ3)

●たむらポートリーのタマゴ

日本の卵の生産量は年間250万t。徳島県の卵の生産量は年間1万4200t程度で、全国35位、日本の卵生産に占める割合は1%以下(およそ0.6%)と少ない。徳島県はブロイラーの生産が盛んで、年間生産量446万tで全国5位であるが、卵の生産は少なく、地場消費用のみで、ゆえに地元に密着し、とても丁寧な飼い方をし、エサにこだわり、かなり品質の高い卵を生産している養鶏業者さんがいる。卵というのは、こだわりはじめたらキリがないのだが、毎日食べるものだから、安くて安全なもの。その中でも、鶏の飼育環境の良さが一番良いのではないかと思われるのが阿南市福井町の「たむらポートリー」さん。

福井ダムのダム湖を見下ろす丘の上に、森に囲まれてその鶏舎はある。木造の背の高い2階建ての、風通しの良い開放鶏舎。一羽づつカゴに入れられて飼育されている。養鶏の規模は3万羽程度と少ない。この羽数が、たむらさんが「たむら基準」で管理できるマックスなのだという。山からの湧き出す清水を使い、エサのブレンドにこだわり、EM菌を使った発酵エサも給餌している。鶏舎の清掃には、お湯と、EM菌を使い、薬剤による消毒はしない。発酵鶏糞を地元のお米農家に提供し、エサ用米をつくってもらい、これを鶏に給餌するという地域循環の取り組みもしている。

ゲージ飼いなのか!フリーゲージじゃないのか?という問題は避けて通れない時代となってしまった。

EU各国では2012年より、家畜も生きものなので、ひとつのいのちとして尊厳ある生き方をさせるべきだという「動物福祉(アニマルウエルフェア)」の考えに基づき、バタリーゲージ(ワイヤーで作られた22㎝×22㎝のカゴ)での鶏の飼育を禁止し、エンリッチドケージ(30㎝×30㎝)のカゴに移行されたり、放し飼いに移行している。

ヨーロッパのスーパーや製パン業では、放し飼いの卵しか販売しないと宣言しているところが増えている。

オランダではすでに97%がゲージ飼い以外になっており、イギリスでも卵の50%がフリーゲージになっている。

アメリカのカリフォルニア州、ミシガン州、オレゴン州、ワシントン州、オハイオ州で、従来型バタリーケージの禁止を州法で制定している。

アメリカとオーストラリアのサブウェイ・バーガーキングとオーストラリアのマクドナルドはケージ飼い卵をすでに廃止。

アメリカのネスレが2020年までに、アメリカとカナダのマクドナルド・アメリカのダンキンドーナツ、ケロッグが2025年までにゲージ飼い鶏の卵を廃止すると宣言している。アメリカのスターバックスも段階的にゲージ飼い卵の使用をやめていくと宣言している。

http://save-niwatori.jimdo.com/

ヨーロッパでもアメリカでもフリーゲージが主流になる中、日本の養鶏は90%以上がゲージ飼いである。「ゲージ飼いでもが良いではないか」というつもりはないが、近年の欧米でのフリーゲージへの移行は、欧米の今までの卵工場のような鶏を酷使する生産の仕方が酷過ぎたことが、インターネットの時代となり、一般に知られるようになって、大きなシステム転換を余儀なくされているのだと思う。そもそもの文化的な根底において、家畜に対する考え方が欧米と日本では違うと思う。それは家畜と人間の距離である。日本人の感性として、鶏と人間の距離は近く、欧米では、鶏と人間の間に絶対的な壁があると感じる。

日本でも欧米方式の工場生産のような鶏飼育と卵生産がおこなわれているが、日本の場合は、鶏と人間の距離が欧米よりも少し近く、物のように、部品のようには扱ってはなく、きちんといのちとして扱っていると感じる。また、日本の場合は卵を生で食べることが多く、他国に比べ鮮度と品質の管理が重要となり、非常に厳しい基準が設けられている。このためカゴで飼うことで、一羽一羽の健康状態の管理がしやすく、このことが卵の鮮度と品質の向上につながっていると思う。

●阿川の梅

神山町の阿川には30haに1万6千本という梅林がある。主な品種は実の大きな鴬宿梅。鴬宿梅は「おうしゅくうめ」という。一重のうす桃色の小さな花が咲く。梅の中で、日本人の感性に合い、ゆえに最も美しいといわれる。徳島には、明谷梅林、美郷梅林など大きな梅林があるが、こちらも栽培されているのは鴬宿梅。鴬宿梅は徳島を代表する梅といえる。

『大鏡』によれば、村上天皇の天暦年間(947~956年)、御所の清涼殿の梅の木が枯死したので、それに代わる梅の木を探し求めさせたところ、西の京の紀貫之の娘の屋敷の梅がその選に応える名梅であるというので、天皇の勅令に依り御所に移植されることになったのであるが、別れを惜しんだ娘は短冊に「勅なればいともかしこき 鶯の宿はととはば いかがこたへむ」という一首を詠み、梅の枝に懸けておいたところ、この歌が天皇の目にとまり、その詩情を憐れんで元の庭に植え返されたという。

村上天皇は治世の理想として半世紀後に、清少納言の『枕草子』に出てきたり、紫式部の『源氏物語』の時代設定にされたりする。

『都名所図絵雑談抄』に村上天皇が申年に漬けられた梅干しを入れた昆布茶を飲んで病気が治ったという記述がある。

村上天皇の「鴬宿梅」は現代に受け継がれている。応永25年(1418年)正月に、足利三代将軍義満は、25歳で早世した第二子の義嗣(林光院殿亜相孝山大居士)の菩提を弔うために、夢窓国師を勧請開山として、京都二条西の京の紀貫之邸宅跡地に林光院を開創した。紀貫之邸宅跡に残された「鴬宿梅」は林光院とともに、現在に至る。長い歴史の中で、何回か枯れてしまったのだが、その時々の住職によって接ぎ木されて蘇っている。

島津家久は、この梅を深く愛し、参勤交代の途中に林光院に立ち寄り、「うぐいすの春待宿の梅がえを おくるこころは花にぞ有哉」という歌を残している。

江戸時代の中期、林光院を兼務した大典禅師と親交のあった煎茶の中興の祖、高遊外売茶翁も、一時林光院に寄寓して、この梅の実を梅干にして愛蔵し、雅客文人に贈ったと伝えられている。

鴬宿梅の梅の実は堅めなので、梅干しよりも、梅酒向きといわれる。

昭和40年代に梅酒ブームが起こり、大玉の梅1個が卵1個の高値となった。栽培のピークは昭和44年で、徳島県の梅の栽培面積は1000haもあった。奈良・和歌山・徳島が梅の三羽烏と呼ばれた。徳島県の上板の果樹試験場は、鴬宿梅に変わる品種「月世界」を準備していたが、和歌山県の新品種「南高」に完敗してしまう。時代は梅酒から梅干しの時代にシフトし、和歌山県は食べやすいカツオ梅やハチミツ漬けの商品開発に成功し、夏になると新聞広告を使った一大キャンペーンを展開した。そのパワーは強力で「冬は鳥取のカニ・夏は和歌山の梅干し」というイメージを消費者の脳裏に植え付けた。梅干しは和歌山の贈答品のNo.1の地位を獲得し、さらに和歌山の梅の成功は、他の果樹に派生し、ミカン・カキ・ブドウなどの生産を刺激し、野菜にも影響を及ぼしている。平成16年、徳島県は和歌山県に大阪市場での売上1位の座を譲り渡す事となる。

「月世界」は、徳島北分場において、1959年に京都特産のウメ「城州白」に実梅の品種「鶯宿」を交配して育成された実生の中から1969年に選抜命名されたアポロの月面着陸の年だったので、月世界と命名された。

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