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2016年1月10日 (日)

天都御食・長御食・遠御食

Awanokousin徳島市にある4つのホテル(偕楽園・サンシャイン・白水園・阿波観光ホテル)で、予約をすると「阿波の献上料理~大嘗祭神饌の復活~」という特別メニューを食べることができる。5,250円だそうだ。

大嘗祭は新しく天皇陛下が即位して、はじめての新嘗祭。新嘗祭は現在では11月23日の勤労感謝の日となっているが、いわゆる五穀の収穫祭である。収穫祭は五穀の豊穣を神々に感謝すると共に、一年の終わりを締めくくる儀式であり、新しい一年の始まりを告げる儀式でもある。

大嘗祭は新しく即位した天皇陛下が、天照大御神、天津神、国津神といっしょに供食して、先代の天皇より霊力を継承するというような意味がある。人として生まれた王が神になる儀式ということもできるかもしれない。

大嘗祭での神との供食の食材は古代より、阿波國、淡路國、紀伊国の三国から提供することになっている。そして三国の中での阿波国の役割はとても大きい。

大嘗祭の祝詞は

集侍はれる神主・祝部等諸聞食せと宣る。
高天原に神留り坐す皇睦神漏伎・神漏弥の命を以て、天社国社と敷き坐せる皇神等の前に白さく、今年の十一月の中卯日に天都御食の長御食の遠御食と、皇御孫命の大嘗聞食さむ為の故に、皇神等、相宇豆乃比奉りて、堅磐に常磐に斎ひ奉り、茂御世に幸へ奉らむと依さして、千秋五百秋に平けく安けく聞食して、豊明に明り坐さむ皇御孫命の宇豆の幣帛を、明妙・照妙・和妙・荒妙に備へ奉りて、朝日の豊栄登に称辞竟へ奉らくを諸聞食せと宣る。
事別きて、忌部の弱肩に太襁取挂けて、持由麻波利仕へ奉れる幣帛を、神主・祝部等、請けたまはりて、事落ちず捧げ持ちて奉れと宣る。

「天都御食、長御食、遠御食」というのが阿波國、淡路國、紀伊国から貢進される。

以下は、林博章氏著『倭国創生と阿波忌部』より

『延喜式』巻7の第7の「践祚大嘗祭式」の「由加物条」には阿波国、淡路国、紀伊国の三国から何をどれだけ貢進するのかが記されている。

●紀伊国より
薄鮑四連、生鰒、生螺各六籠・都志毛、古毛各六籠・螺貝焼鹽10顆を賀多潜女十人程が準備する。
また、幣として五色薄絁(うすあしぎぬ)各一尺、倭文(しずり)一尺、木綿、麻各五両、葉薦一枚、潜女が須鑿十具、刀子二枚を貢進したとある。

●淡路国より
瓮(ほとぎ)・加(か)・壺の三種が調進された。造瓮廿口(一斗を各受ける)、比良加一百口(一斗を各受ける)、坩二百口(一斗を各受ける)。
その幣として五色薄紀伊国より 薄鮑四連、生鰒、生螺各六籠・都志毛、古毛各六籠・螺貝焼鹽10顆を賀多潜女十人程が準備する。また、幣として五色薄?(うすあしぎぬ)各一尺、倭文(しずり)一尺、木綿、麻各五両、葉薦一枚、潜女が須鑿十具、刀子二枚を貢進したとある。

●阿波国より
麁布一端、木綿六斤、年魚十五缶、蒜英根合漬(ひるのはなねのあわせつけ)十缶乾羊蹄(ほししぶくさ、蹲鴟(いえいも)、橘子(たちばな)各十五籠、以上忌部の作るところ。
那賀の潜女十人が作るものは、鰒四十五編、鰒鮨十五坩、細螺、棘甲蠃(うに)、石手等併せて廿坩。

由加物の調整にあたっては、清浄を期して大祓いが行われる。9月上旬に、ト部(うらべ)三人を決めて三国に派遣する。その大祓料は「由加物器料」とよばれ、この全部を阿波国が担当している。内容は、馬一疋、太刀一口、弓一張、箭二十隼(やはたさし)、鍬一口、鹿皮一張、庸布一段(ちからぬのひときだ)、木綿・麻一斤、、堅魚・鰒各四斤、海藻、滑海藻(あらめ)各四斤、酒・米各四斗、塩四斤、以上は阿波国麻植・那賀両郡が作る。

さらに幣として五色薄絁(うすあしぎぬ)各六尺、倭文六尺、木綿、麻各二斤、葉薦一枚、作具鑵・斧・小斧を各四具、鎌四張、鑿十二具、刀子四枚、絁二枚、火鑽三枚が貢進された。これは忌部と潜女等が作る。

幣は加工用の道具のことで、干しアワビをつくるのにつかうノミ、小刀、鎌などは新調される。

阿波国の貢進の品を見てみると、「麁布」は麻の織物。「木綿」は穀(かじ)の織物。「年魚」は鮎のこと。「蒜」はニンニク、その英は、つまり花のこと、花と根の漬物。「乾ししぶくさ」はタデ科の植物でギシギシではないかといわれている。蹲鴟は「家の芋」とよみ、里芋のこと。橘子はカンキツ類、スダチかもしれない。

阿波国は天皇家の祭祀を司っていた忌部氏の本拠地であり、その関係で、阿波国で祭祀の支度をしたのではないかと考えられる。

また、阿波国には祭祀の支度ができるだけの織物や金属鍛冶の技術集団があったと考えられる。

そしてこれらの品を都へ運ぶためには船がいる。その航海を司っていたのが長国の海部氏であったと考えられる。

「天都御食、長御食、遠御食」の長御食の長は長国の長といえるかもしれない。

阿波国、淡路国、紀伊国は紀伊水道を囲む。紀伊水道の北の淡路島で器をつくり、西海岸と東海岸の海で海女がアワビをとって貢進する。中心は紀伊水道である。その海は海部氏の庭である。

また、紀伊水道を挟む阿波国徳島県と紀伊国和歌山県には、地名の類似が見られる。これは海洋民がこの海を行き来きしていたことを示していると考えられる。

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