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2016年1月13日 (水)

屋島と五剣山の形の謎

屋島とその東の五剣山、ともに不思議な山の形をしている。この2つの山はいったいどのようにできたのだろうか?

連載講座「古代山城屋嶋城跡から歴史と地域を考える(2)」2013年7月27日「屋島のメサはどのようにしてできたのか?」香川大学工学部の長谷川修一教授によると

屋島も五剣山はともに、約9,000万年前の領家帯の花崗岩類の基盤の上を約1,400万年前の火山活動でできた火山噴出物(讃岐層群)が覆って、山頂が形成されている。

屋島では、北嶺の屋島洞窟に見られる黒色の凝灰岩類の上に讃岐岩質安山岩溶岩が水平に堆積している。屋島の頂上は固く、台地上になっている。

一方、五剣山では、白色の凝灰岩の上に黒雲母デイサイト質火山角礫岩・凝灰角礫岩が水平に堆積している。もろく崩れやすいので、現在では、山頂部への入山は規制されている。

屋島の黒色の凝灰岩類は、女木島、男木島、豊島にも分布し、かつては、これらの島は同じひとつの湖の底であったと考えられる。

これに対して、五剣山の白色の凝灰岩は高松平野南部の仏性山で発見された地下の巨大カルデラ(高松クレーター)から流れてきた火砕流堆積物と推定されている。つまり、こちらは屋島とは別の湖の底だったと考えられる。

したがって屋島では北に湖が広がり、五剣山には南に湖が広がっていて、それぞれ別の地層が堆積し、今の屋島湾には2つの湖を隔てた山があったと推定されている。つまり、約1,400万年前は今とは全く逆転した地形があったと考えらえている。

Photo

基盤となる花崗岩は、風化が進み砂となり、現在では、山はすべて削れなくなり、逆に掘れ込んで、壇ノ浦湾となっている。

屋島の頂上台地を形成する讃岐岩質安山岩溶岩は固いため、これが傘となり、谷の浸食が少なく、現在の屋根状の地形となった。

五剣山の頂上を形成する黒雲母デイサイト質火山角礫岩・凝灰角礫岩はもろく崩れやすいので、谷が深く形成され、黒雲母デイサイト質火山角礫岩・凝灰角礫岩のキャップ部分が釣鐘状に残ったのが、現在の五剣山となった。

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●メサとはスペイン語が語源のテーブルという意味で、卓上台地またはテーブル状台地のこと。

●領家帯は、中生代ジュラ紀(約1億9960万年前~約1億4550万年前)に大陸縁の海溝で付加された付加体。付加体とは、太平洋の海底に積もった土砂やプランクトンの死骸などが、大陸プレートの移動によって、海溝から地殻へ入っていくときに、大陸縁で削られて大陸縁に折り重なるように付け加わったもの。

地質は白亜紀に発生した古期領家花崗岩マグマの大規模な上昇による熱で高温低圧に変成した片麻岩になっている。

領家の名前の由来は、静岡県を流れる天竜川の支流水窪川沿いの地名、奥領家(浜松市天竜区水窪町奥領家)から名付けられた。

●高松クレーター

金沢大学理学部の河野芳輝教授(固体地球物理学)が率いる「重力異常調査チーム」は昭和40年代後半から、全国の重力異常分布図づくりに取り組んでいたところ、平成元年に東四国をほぼ2km間隔で重力測定したところ、この地で「読み違いではないか」と思われるほどの異常値を検出。翌平成2年、3年と測定間隔を密にして詳しく調査した結果、やはり一帯の地中密度が周りよりも極端に低いことが分かった。花崗岩の岩盤に直径4㎞、深さ2㎞、体積は20㎥という巨大なクレーターがあり、その穴を周囲より軽い土砂などが埋めていることを突き止め、高松クレーターと命名した。当初は隕石によるクレーターではないかともいわれていたが、現在では、火山活動によってできたカルデラ地形であると決着した。

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