2015年12月31日 (木)

阿波の羽衣伝説

羽衣伝説はオオゲツヒメの死体化生神話と共に黒潮に乗ってやって来た焼畑農耕文化、照葉樹林文化のものといわれている。

来訪神信仰、山の信仰、花咲爺さん、サルカニ合戦、炭焼き小五郎の物語も同じ焼畑農耕、照葉樹林文化のもので、黒潮にのってやって来た文化のなごりだという。

中国の伝説伝承をたくさん研究しておられる君島久子氏の『中国の羽衣説話~その分布と系譜~』によると、羽衣伝説は3つのパターンに分類することができる。

●七夕型
主として揚子江以北一帯から、内蒙東北にかけて分布する。

①貧しい若者が牛を飼っている。
②牛に教えられて、河に天女たちが沐浴にきたのを発見する。
③その中の一人の羽衣をかくして、天女(織女)を妻とする。
④子どもが生まれる。
⑤天女は衣をみつけて着て飛び去る。
⑥牛飼いは、牛の助けで(牛衣を着て)
天に追いかける。
⑦仙女あるいは王母によって阻止され、二人は一年に一度、7月7日に会う。

●七星始祖型
「七夕型」が北方に多く分布するのに対して、揚子江以南を海沿いに南下し、広東、広西にかけて分布する。天女の子を主人公とするものが多い。

①仙女(あるいは星)が、天帝の命令で、或いは自分の意志で、貧しい男に嫁す。
②子どもを生んで去る。
③子どもは、術師、或いは父の教えで、水浴にきた仙女(母)とあう。
④子どもは仙女の衣をかくして、母と対面するが、仙女は子どもに富をあたえて去る。
⑤パターンA:七星の一つが、光のうすいのは、下界に降りて子どもを生んだためである。パターンB:仙女の子が、偉い人もしくは一族の始祖となる。

●難題型
中国羽衣伝説の典型といっても過言ではない。大陸西南部の奥地にすむ少数民族(ミヤオ、ヤオ、ナシ、イ、リー、チベット、ハニ、チワン、タイ族など)。浙江、海南島、雲南、チベット、四川、貴州、広西、湖南、江蘇山東省、内蒙古と文化的中央ではなく周辺地域に分布している。

①男が動物を助ける。もしくは飼っている。或いは神仙に会う。
②男は動物、または神仙に教えられて、仙女が沐浴にきたのをみつける。
③その中の羽衣をかくして妻とする。
④子どもが生まれる。または男は出征する。
⑤仙女はなんらかの理由で羽衣を手に入れて飛び去る。
⑥男は動物、或いは神仙の手引きで天上に追いかけていく。
⑦仙女の親は難題を出す。仙女の助けで解決して、共に地上で幸せにくらす。

ミヤオ族、ヤオ族の羽衣伝説の難題は焼畑耕作という生業を反映するもので「1日で木を切り倒し、1日でそれを焼き払い、1日で全部の土壌を耕し、1日で粟を撒け」というもの。

焼畑農耕の行程が難題として出される羽衣伝説の例。鹿児島県大島郡の羽衣伝説がある。「天女が天に帰ったあと、残された男は、天に行きたいと願う。妻はシブリの種を千粒播くと天に届くと教えたが、播くが999粒だったので、あと一歩で天に届かなかったが、妻に引っ張り上げてもらい天に行きつくことができた。妻の母親に、山の木を一日で全部切れ、一日でそこを全部焼け、一日でそこを全部耕せ、一日でシブリを全部植えろという難題を次々に出されるが、妻の助けで難問を解決していくが、最後にシブリは横に切れといわれていたのに、縦に切ってしまい。シブリから大量の水が出て洪水となり、地上へ押し流されてしまう。」

フジパン株式会社のHP「民話の部屋とんとむかしあったとさ」より

徳島県祖谷山地方の『七夕女房』(語り:井上瑤・再話:六渡邦昭)

むかし、ある村にひとりの狩人が住んでいたそうな。七月のある暑い日に、川のそばを通りかかると、三人の若い娘が水浴びをしていたと。「はて、どこの娘ぞ」と近づいてみたら、岸の松の木に美しい衣が掛けてあった。狩人は、その中の一枚をとって隠したと。夕方を待って、再び川へ行ってみると、娘が一人、しくしく泣いておった。狩人は、何くわぬ顔できいたと。「おい、おい。お前はどうして泣いている」 天女は答えて 「はい、私は、実は天人の娘です。ここへは時々水浴びに降りていたのですが、今日に限って、松の木の枝に掛けておいた私の飛び衣が無くなっていたのです。あれが無いと天に帰ることが出来ません」そこで狩人は「それは困ったことだ。どうじゃろ、行くところがないのなら、おらの家に来ないか」天人の娘は、下界ではこの狩人より頼る人がないので連いて来たそうな。

次の日、狩人は大工をよんで来て、大黒柱の中をくりぬいてもらった。山へ猟に行く前には、必ず、柱の中をのぞいて行くのだと。いつしか天人の娘は狩人の女房になり、子供が生まれて、三歳になったと。 ある日、狩人が山へ猟に行った留守に、子供が、「お父ちゃんは、山へ行くときにはいつも、この中をのぞいて行くけど、何があるの」と、大黒柱を指差して、おっ母さんに聞いた。女房が大黒柱の中をのぞくと、なんと、自分の飛び衣が隠してあったそうな。「さては、あの時飛び衣を盗ったのは、我が夫であったか」と、なげいたと。女房は、飛び衣を着ると子供をおぶって、飛び上がった。一度あおると庭の松の木の上に、二度あおると雲の峰に、三度あおると天上にとどいたそうな。夕方になって狩人が家に帰ったら、誰もいない。あわてて大黒柱の中をのぞくと飛び衣が無い。それで、天に帰ったと知れたと。狩人の家の門先には、イゴツルの木があって、それが天まで伸びていたと。 狩人は、あしぐろとでぐろの二匹の犬を連れて、イゴツルの木を伝って天に登って行った。

天上の女房の家へ行き、女房の父に、「おらを、是非、この家の聟にしてくれろ」と頼んだと。そしたら父は、「ソバ山へ行って、明日一日のうちに三斗三升の薪を伐って来たら婿にする」といった。 狩人が、とても出来ん、と思って途方に暮れていると、女房が「大丈夫、この扇子であおげばいい」といって、一本の扇子をくれた。次の日、言われた通り扇子であおいだら、三斗三升の薪の木は、たちまち伐れた。そしたら、次に、「昨日伐った三斗三升の木株を、明日一日で焼いて来い」という。これも途方に暮れていると、女房が、扇子であおげと教えてくれた。次の日、言われた通りにして木株を焼いたと。そうしたら、今度は、「三斗三升のソバの種を明日一日で蒔け」といわれた。これも扇子を使って、なんなく済ました。

そしたら女房の父は「それでは婿にしてやるが、山小屋へ瓜の番に行ってくれ」という。女房は狩人にそっと教えた。「天上では、瓜は食べてはいけないことになっているから、決して食べないように」ところが、山小屋に行った狩人は、喉が乾いてならないのだと。がまんできなくなって、一つぐらいはいいだろうと、瓜をもぎとったと。
食べようとして割ったら、瓜の中から大水がどおっと出て、狩人はとうとう下界へ流されてしまったと。ちょうどその日は七月六日だった。七夕様には狩人と天人の女房を祀ってあるが、瓜を七夕様にお供えしないのは、そのためなんだそうな。もうないと。

同じ「フジパンの民話の部屋」には高知県に伝わる『たなばた女房』のはなしが記載されている。

昔、ある山の村で、作物を荒らしまくった狐が、山狩りにあって逃げ場を失い、炭焼き小五郎の山小屋に飛び込んで隠れとったと。小五郎が戻って、ガラリ戸を開けたら狐が一匹寝とったので、「こりゃ!」とおこったと。そしたら狐は「小五郎さん、今日のことはきっとお礼をしますから、見逃がして下さい」といいながら、外へ跳び出して行った。何日かして狐がやってきたと。そして「小五郎さん、お嫁さんをお世話したいがどうじゃろう。このごろ谷の川へ、天上からたなばた女郎が水浴びに来とる。脱いだ緋の衣をとっておくのです。そしたら、きっとええことになりますから」という。

次の日、小五郎が水音のする谷川の方へ近寄って行くと、木の枝にきれいなきれいな緋の衣が掛かっていた。こっそり懐に入れて帰ると、小屋の裏の柱の穴の中へ隠したと。すると、その日の暮れ方になって、たなばた女郎がやってきた。「天上に戻る緋の衣を失うて、もうどこへも行くあてがありません。どうぞ、ここへ置いて下さいませ」小五郎は一目見るなり気に入って、家の中へ招じ入れたと。たなばた女郎はいつの間にかたなばた女房になったと。

やがて、小五郎との間に子が出来て、その子が三歳になった。女房は可愛いいし、子供はめんこいし、小五郎は毎日が嬉しくてならない。朝、顔を洗うとすぐに小屋の裏へ行って、ぱんぱんと掌を打っては、何やら感謝の唱えごとをする毎日だと。ある日、たなばた女房は三歳の子に「父は毎日、何を拝んでいるのだろうねぇ」というた。そしたら、小五郎が山仕事に出かけたあとで、その子がたなばた女房の手を引いて小屋の裏の柱の穴を指差した。

たなばた女房が穴の中を覗(のぞ)いて見ると、緋の衣が押し込まれてあった。とり出して我が子と二人で身にまとい、そのまま天上へ昇って行ったと。 夕方、小五郎が戻ってみると、家には女房も子供もおらん。あわてて柱の穴を見ると、緋の衣がなくなっておった。がっくりして「たなばた女房もかわゆくてならんが、わしゃ子供のことがよう忘れられん」と毎日泣いとったと。

そうしたある日、前に助けた狐がやってきて、「鳥の羽がいをこしらえたら、おれが天上へ吹き上げてあげます」というた。小五郎は早速大きな鳥の羽がいを作って、狐に吹き上げてもろうた。ふあふあと大空に舞い上がり、雲の峰も越えて天上に昇って行ったと。けれども、何分天上は初めてのことだから西も東もわからん。おまけに腹が減ってたまらん。何気なく下を見たら、妙なことに井戸が見えて、その脇に柿の木があった。小五郎は柿の木の枝に取りついて、赤く熟れた実をもいでは食べたと。 すると、どこかから子供が走り出てきて、井戸の水鏡をのぞいて、あっと声をあげ、走り帰りながら、「父さまがきとる」とさけんだ。その声を聴きつけたたなばた女房も走り出てきて、親子三人が喜びあったと。たなばた女房は、小五郎に「母神さまがいろいろ難しい仕事をいいつけると思いますが、私が助けますから、怒らないで、どうぞいつまでもおって下さい」と頼んだ。小五郎は「三人で暮らせるのなら、文句はいわん」というて、天上に居つくことにしたと。

次の日、母神さまは、早速に、「山奥にある大岩を、お前ひとりの力で担いで来い」といいつけた。小五郎が弱りきっていると、たなばた女房が「奥の山の大岩というのは実は張り子で出来ているの。母神さまの前だけ重そうな身振りで戻って来なされ」と教えてくれた。小五郎は張り子の大岩を、いかにも重そうに担いで戻ったと。そしたら、また「あしたは奥山に大きな林があるから、その林の木をみんな伐り倒して、牛につけて引いて来なさい」と、仕事をいいつけられた。小五郎が弱っていると、たなばた女房が「母神さまはきつい神さまだから、気にせんとって下され。明日は私が手伝いに行きますから、それまで林で安気に待ってて下さい」というた。あくる日、小五郎が山で休んでいると、たなばた女房が弁当を持って来てくれて、大きな斧をちょいと振り回すと、山の林の立ち木が、みなぱたぱたと倒れた。 小五郎がたくさんの木を牛にひかせて戻ると「明日は粟、二俵半を牛につけて、山の畑いっぱいに放り播きしなさい」と、また仕事をいいつけた。小五郎が弱っていると、たなばた女房が「母神さまのいうた二俵半の粟は、播かないで畑の隅へ埋めておいて下さい」という。そこで、あくる日、山の畑へ二俵半の粟を運ぶと、そのまま畑の隅に埋めておいて、日暮れに戻ったと。そしたら、母神さまは、「今日山の畑に播いた粟の種を、明日一粒残さず拾うて来なさい」というた。今度は小五郎も安心だ。二俵半の粟の種を掘り出すと、牛につけ、長いこと休んで日暮れに戻ったと。母神さまは機嫌がよかった。「今までで、お前ほど仕事の出来た聟はないわ」と誉めたと。が、母神さまは、今度は小五郎の口を試そうと考えて「瓜畑の瓜がカラスに食われて困っとる。明日は瓜畑の守り番に行きなさい」というた。

その晩、たなばた女房が心配して「私が弁当を持って行くまでは、どんなにのどがかわいても、瓜だけには手をつけないで下さいね」と、何遍も何遍も小五郎に言いきかせたと。あくる日、瓜畑で守り番をしていたら、急にのどがかわいて、のどがかわいて、たまらんようになった。辛抱が出来なくなった小五郎は、あれほど女房に言われていたのに、ひとつ位ならよかろうと、瓜をひとつもいで割ったと。そしたらなんと、それが雨壺だったと。たなばた女房が、心配してかけつけたときには、もう、瓜の水が川になって流れ出し、その川中で、小五郎が流されまいとして懸命にこらえているところだった。それを見てとったたなばた女房は、「あなたぁ、もう一寸の間こらえとってよぉ」いいおいて、家に走り帰り、七麻桶半の麻を績み、短冊のついた竹に結わえて流したと。が、せっかくの麻も小五郎の手には届かなかったと。そこでたなばた女房は、声をかぎりに「月の七日には、きっと会いましょう」と叫んだと。ところが、小五郎はそれを七月七日と聴き違えてしまった。それからは、一年のうちで七月七日だけにしか会えなくなったと。むかしまっこう猿まっこう。

天女の羽衣の隠し場所が大黒柱というのは、天女の羽衣が大黒柱に宿る穀物霊と同じということを示していると思われる。

難題はやはり焼畑農耕の行程を示している。

星座と関係がある。牽牛(彦星)=わし座のアルタイルは2つの星を伴っている。これが狩人が連れて行った2匹の犬になる。織姫=こと座のひし形は瓜畑と見立てられたり、麻桶と見立てられている。

Tanabata77①こぐま座(北極星)
北辰・妙見・心星・子の星・一つ星
タナバタとは直接関係がない。
夏の大三角形を180°回転させると北極星と重なる。

②りゅう座
瓜畑

③こと座(ベガ)
織姫・牽牛の牛の鼻輪・牛の縄・牛のくるぶしの骨
タナバタ・棚機女(たなばたつめ)
熊本→おこげ(麻小笥)麻を紡いで入れる桶
瀬戸内海の島々→瓜畑・瓜切りまな板

④白鳥座(デネブ)
カササギ・カササギ橋
イザナギの剣アメノヲハバリ(十字型の剣でデネブは剣のタマネギ状の頭椎に見立てられる。天の安の河を堰上げている。)

⑤わし座(アルタイル)
牽牛
彦星
親にない星
犬飼星・犬引き星

⑥いるか座
菱星
梭星(織姫が投げた機織りの梭)

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